童謡の春をテーマにした定番は

童謡の春をテーマにした定番は

邦楽ばかりに気を取られないで

春をテーマにした音楽というのは何もJ-POPだけではない、年齢を重ねるごとにあまり聞かなくなることもあるが昔懐かしいとして童謡でも、春をテーマにした楽曲が多数製作されている。童謡は主に学校教育の教科書において紹介されている事もあって、音楽の授業をしているなら一度は耳にしただろう曲もあるだろう。音楽を学ぶことでより豊かな感性を学ぶ、というのが名目だろう。童謡なんて20代になってしまったら聴く機会など無い、という人が圧倒的であることは否めない。そうしたことも踏まえて過去日本の歴史において春をテーマにした童謡について話をしていこう。

そもそも童謡とは

話を始める前に、童謡について少し話をしようと思う。古代期においての子供の歌は『わらべ歌』という、遊びながら歌う物が一般的となっていたが、それが明治期を皮切りに近代音楽の文化が日本に流れ着いたことでそれまで日本に存在しなかった新しい子供向けの創作楽曲として作られたのが、童謡となっている。徳育・情操教育を名目にした楽曲となっており、また文語体で詞が書かれているのも特徴的でその詞の世界観には日本特有の風景を始めとした様々な情景を模したものとなっている。春も日本ならではの景色を連想させるものとなっているが、そういう意味では実はユーミンの『春よ、来い』は日本人にとって親しみやすい楽曲となっている。どういうことかというと、この楽曲では文語体で書かれているところがあり、そのため多くの日本人が耳に残りやすい楽曲として成立しているからだ。NHKの連続ドラマの主題化に採用された際にも、恐らくそのことを前提にして製作されたのだろうと様子を思い浮かべることが出来る。

子供が楽しく学びながら歌えることを目的として、さらに感情表現豊かな子供が誕生することを期待してされている。


定番な春をテーマにした童謡

日本人として馴染みある仕上がりとなっている楽曲が多数存在しているわけだが、さすがにすべてを紹介することは出来ないのでここからは筆者が独自に選別したものを紹介していこう。

童謡の中でも、一番有名なのでは

まず最初に紹介する童謡は『春が来た』だ。この歌の特徴はまさしく長かった冬がようやく終わりを告げて、芽吹きを感じながら春が来た喜びを表現しているものとなっている。名曲中の名曲だが、それは歌詞としても童謡ならではの、分かりやすくて耳に残りやすいものとなっている。

実はこの楽曲にはちょっとした噂が根付いており、楽曲用いられているメロディーがクラシックで結婚式に良く用いられている『トランペット・ヴォランタリー』と似ていると、指摘されることが多いと言われている。真実はどうか分からないが、インスピレーションという形で影響されたことはまず間違いなく確実だ。明確に楽曲を盗作したという事実が提唱されたら楽曲そのものが失われることになるかもしれないが、知られきっている名曲の意外な一面を楽しむという意味でそのままにしておいたほうが良いと言う場合もある。

同じく有名な童謡

次に紹介するのは『春よ、来い』だ。ユーミンの楽曲と同タイトルになっているが、こちらの童謡が先にタイトルとしての地位は高い。だが知名度としては両者共に差はないほど有名なものとなっている事を踏まえると、場合によってはユーミンと取られるかもしれない。実際にはこちらの楽曲が一番先に製作されており、それは大正時代からとなっている。古い歴史がある童謡となっているのだが、作中にはちょいちょい疑問に残る部分も見られている。

日本初の小学校唱歌集にも収録された

次に紹介するのはこちらも春といえばの童謡となっている『ちょうちょ』だ。これは明治維新以降において制定された音楽教育にて、始めて全国的に広められた童謡の1つとして、その歴史を感じさせるほど日本人にとって縁ある楽曲となっている。製作されたのも江戸幕府が大政奉還をしてから5年後に製作され、小学校教育の唱歌として定められた。元々はドイツの楽曲を参考にしたものとなっており、由緒ある曲であるのだが、当時小学校教育の一環として始まった音楽もそれを教えることが出来る教師の存在が皆無だったこともあって、実際に授業は進められることなく楽曲だけがそのまま構成に語り継がれるようになったという。折角近代音楽を取り入れた楽曲として始めれたのもつかの間、誰も教える事が出来ないとしてそのままとされていたというのは、悲しいところだ。

ちょうちょと同様、日本で始めて広まった唱歌の1つ

そして忘れてはいけないのがこちらも、日本の歴史において初めて広められた唱歌の1つとなっている『仰げば尊し』を忘れてはいけない。現在から数えても100年以上前に製作された楽曲となっており、知っている人は知っているが、中にはタイトルだけは知っているが実際に歌ったことはないという人もいるかもしれない。昭和前期までは卒業式の定番ソングとして用いられていたが、次第に歌詞の古臭さから公式において用いられなくなり、堅苦しい詞が逆にその知名度を貶めることになってしまったのは否めない。

この楽曲が製作された背景にはやはり先進的に進んでいたヨーロッパ地方に追いつこうとする意地が垣間見れる、だがまともに音楽教育などを行ったことが無かった日本はアメリカから音楽教育を行っていたアメリカ人のメーソンを招致して、日本人が親しみやすい音楽を製作した結果この楽曲が誕生した。この楽曲のモデルとなったのはスコットランドにある民謡を参考にしたといわれているが、真偽の程は定まっていないため何とも言えないところでもある。